高松高等裁判所 昭和26年(う)663号 判決 1953年6月29日
控訴人 被告人 竹崎増吉
弁護人 岡林濯水
検察官 高橋道玄
主文
原判決を破棄する。
被告人を罰金参万円に処する。
但し本裁判確定の日より参年間右刑の執行を猶予する。
右罰金を完納することができないときは参百円を壱日に換算した期間被告人を労役場に留置する。
押収に係る証第二号(紙製薬剤煎出袋五百枚)を没収する。
原審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。
理由
弁護人岡林濯水の控訴趣意は別紙記載の通りである。
本件記録を精査し総べての証拠を検討するに、
一、実用新案とは物品に関する形状、構造又は組合せに係る実用ある新規の工業的考案であり、実用新案権の効力はその登録に係る物品を業として製作、使用、販売又は拡布する権利を専有することである。或実用新案と他の考案とが同一或は類似であるか否かを判定するには、各物品の形状、構造又は組合せに関する外形的考案の同一であるか否かを比較考量すべきであるが、此の判定については実用上即ちこれら物品の利用の目的における工業的作用の点についても亦同一若しくは類似であるか否かを参酌考量せざるを得ないのである。
一、本件高知市南元町八五番地のニツポン高度紙工業株式会社が有した登録第三〇七九一六号実用新案権の考案は「楮、三椏等の強靱繊維を以て抄造したる和紙に「ピスコース」を塗布乾燥したる後常法により酸処理を施して得たる通気性を保有する耐酸性加工紙を縫合して適宜の大きさの袋を形成せしめ、而して右袋の上部に薬剤を封入後口を緘する紐を備えてなる紙製薬剤煎出袋の構造」であり、右緘口用紐を備えていることも登録請求の範囲に含まれていたのである。本件において被告人が製造した紙製薬剤煎出袋は右緘口用紐を備えていない外は全く右実用新案のものと同一である。
一、高知市北奉公人町の三和工業株式会社(後に株式会社徳平製紙所と商号変更)は、前示ニツポン高度紙工業株式会社との契約により、右実用新案に係る紙製薬剤煎出袋を製造、販売していたが、右三和工業株式会社の取締役であつた被告人が昭和二十四年四月頃同会社の右煎出袋の加工部を引き継ぎ、右ニツポン高度紙工業株式会社の許諾を受けないで原判示のように昭和二十四年五月下旬から同年末頃迄の間に右実用新案に係る煎出袋(但し緘口用紐を備えていないもの)約百十一万六千枚を業として製造した原判示事実を認めることができる。
右三和工業株式会社が前示のように実用新案に係る紙製薬剤煎出袋を製造していた当時にも製造能率を上げるため、右緘口用紐のないものを製造販売したこともあつたが、被告人が右のように薬剤煎出袋を製造したのは右実用新案に係る煎出袋を製造したのであつて、別個の考案として緘口用紐のない紙製薬剤煎出袋を製造したものとは認められないのみならず、このような既存の緘口用紐附きの紙製薬剤煎出袋に対し単にその緘口用紐を省く外全く同様の袋を製造するのは、別個の考案によつたとしても実用新案法上は類似の考案と言わなければならない。
一、右三和工業株式会社は右のようにニツポン高度紙工業株式会社の実用新案権をその許諾を得て実施して紙製薬剤煎出袋を製造していたが、これを他人に実施させる自由を有しなかつたのに拘らず、被告人は右三和工業株式会社から同会社の加工部を譲り受けた上、実用新案権者であるニツポン高度紙工業株式会社の許諾を得ないで、被告人の業務として同薬剤煎出袋(但し緘口用紐を省いたもの)を製造したのであるから、被告人は他人の登録実用新案に係る物品と類似の物品を製造したものとして実用新案法違反の罪責を負わねばならないのである。この場合被告人が、実用新案に係る物品を正当に製造していたものからその残余資材を譲り受けて同様の物品を製造するのであるから改めて実用新案権者の許諾を得なくても実用新案権の侵害にはなるまいと考えていたとしても、その錯誤はいわゆる法律の錯誤であり犯意を阻却するものではない。
一、しかし本件記録に現れている諸般の情状を考慮するに、原審が被告人を罰金三万円に処したのは量刑過重と認められるのである。
よつて刑事訴訟法第三百八十一条第三百九十七条により原判決を破棄し同法第四百条但書の規定に従い当裁判所は更に判決する。
罪となるべき事実及びこれを認める証拠は原判決の示す通りである。
(法令の適用)
実用新案法第二十七条第一項第二号、罰金等臨時措置法第二条第一項、罰金刑選択。刑法第十八条第一、四項、第二十五条。刑法第十九条第一項第三号第二項。刑事訴訟法第百八十一条第一項。
よつて主文の通り判決する。
(裁判長 判事 坂本徹章 判事 塩田宇三郎 判事 浮田茂男)
弁護人岡林濯水の控訴趣意
一、被告人が製造販売した本件紙袋は日本高度紙株式会社が実用新案権を有する紙袋と類似品に非ず従つて実用新案法第二十七条第一項第二号に該当しないのにこれが解釈を誤つている。
二、仮に類似品なりとの認定を受けるにしても被告人は本件実用新案権の実施権を有していた三和工業株式会社の解散に際し其の残務処理の方法として未完成品を完成して販売したものであり何等日本高度紙株式会社の実用新案権を侵害するものでなく事実の認定を誤つている。
三、仮に実用新案権の侵害ありとしても被告人は三和工業株式会社の実施権の範囲に於て同会社の残務処理なるが故に侵害に非ずと確信して本件紙袋の製造販売をなしたものであり民事上の損害賠償責任が発生するとしても刑法上の犯意の成立を阻却し刑事責任を負うべき筋合はない。
第一点本件紙袋が日本高度紙株式会社が実用新案権を有する紙袋と類似品と認められるや否やは法律判断の問題であつて実用新案法の解釈問題である。而して両者を類似品と認めるか否かの基準に関して判例は終始一貫してこれを「形状構造又は組合せに関する外形的考案に依り効果の如何に依らず」と繰返し判決して居る。1、実用新案権ハ物品ノ形状構造又ハ組合セニ関スル実用的価値アル新規ノ工業的考案ヲ支配スル権利ナルコト実用新案法第一条ニ依リテ明白ナリ故ニ甲実用新案権ガ乙実用新案権ト牴触スルヤ否ヤハ之ニ関スル物品ノ形状構造又ハ組合セヲ斟酌セスシテ之ヲ定ムルコトヲ得サルモノトス。之ニ反シテ特許権ハ新規ナル工業的発明ヲ支配スル権利ナルコト特許法第一条ニ依リ明白ニシテ又新規ナル工業的発明ハ新規ナル工業的効果ヲ生セシムル自然力利用ノ思想ナリ。故ニ甲特許権ガ乙特許権ト牴触スルヤ否ヤハ専ラ自然力利用ニ依リテ生スル工業的効果ノ同一ナルヤ否ヤヲ斟酌シテ之ヲ定ムベキモノト云フベシ(大審大正八、六、一四判決民録二五輯一〇二六頁)、2、同趣旨(大審昭和四、四、六判決新聞二九八八号一六頁)、3、同趣旨(大審昭和七、二、一二判決大審院裁判例六巻民事二二頁)、4、同趣旨(大審昭和七、六、二四判決民集一一巻一二四一頁)、5、同趣旨(大審昭和八、三、三一判決新聞三五四三号一八頁)、6、同趣旨(大審昭和八、七、七判決新聞三五八六号一八頁)、右判例の外同旨の判例多く効果如何を基準にすべからざることは明白であり本件の判定に於ても右判例は重要な判例としてこれに従うべきである。
第二点本件両者の紙袋に於ては其の形状構造に於いて緘口用紐の有無が相違する。而して日本高度紙株式会社が実用新案権を有する紙袋に於いては緘口用紐が本件実用新案の三要素の一をなしていることはその登録請求範囲の説明に徴し明白であるし又昭和十六年実用新案出願公告第一〇六〇五号の裏面の図面に於いては緘口用紐を以て緘口した図面を示し緘口用紐の重要性を表示して居る。原審証人門田清馬同石川源深の証言に徴しても緘口用紐は本件実用新案の重要素をなして居るものと認定するに足る。証人池真満の証言は判例を無視した独断的見解であり且つ日本高度紙株式会社の依頼に基く証言にして確信するを得ないものと思料する。従つて本件被告人の製造販売に係る紙袋に右緘口用紐を具備せざる以上断じて類似品と認むべきでない。さればこそ本件紙袋と吾人の常識に於いては類似と認むる紙袋に就いて高知市南元町五〇番地川崎馬太郎は二種の実用新案権を得ているのである。
第三点大正九年三月三十一日大審院判決(民録二六輯四二一頁)によれば「構造に微差あるもその主要部分一致するときは同一考案たるを妨げず」とあるが本件緘口用紐の有無は微差とは言えないものと思料する。即ち本件の如き極めて簡単な実用新案の構造に於いては其の一要素である緘口用紐の有無は断じて微差というを得ない。
第四点仮りに本件紙袋が類似品と認むべきものとするも日本高度紙株式会社と三和工業株式会社とは其の創立当初より両社の社長重役を同じくし殆んど同一会社と言つても過言でない状態に於いて継続して来たものであり三和工業株式会社が本件実用新案権の実施即ち紙袋の製造販売をして来たことは証人徳平元太郎、山中勝亀、三宮林、坂本林馬の各証言に徴し明白である。三和工業株式会社解体に至る迄の間多少の変化移動はあつたにしても解体当時既製品の残品があり徳平元太郎がこれを処分した事実及び半製品が残存して被告人がこれを完成して処分した事実も明白である。されば三和工業株式会社と日本高度紙株式会社との間に於いて実施権を加工のみに限定するが如き契約書は存するけれども、該契約書の条項はこれが実行に至らず、其の後口頭に於ける両当事者間の協約に依り変更されて、三和工業株式会社が解体に至る迄本件紙袋の製造販売を実施して来たのである。而して三和工業株式会社解体に際し被告人竹崎がその残務処理を引継ぎ半製品を完成して従来の一手販売店である服部勤成堂に販売したのが本件事案にして、被告人が新しく共栄製紙所の事業としてこれを行つたものでなく、三和工業株式会社が有した実施権の範囲に於いて同会社の残務処理をなしたに過ぎず、何等日本高度紙株式会社の実用新案権を侵害するものではない。
第五点被告人竹崎は本件紙袋の製造販売即ち犯罪行為として訴追された行為は三和工業株式会社の残務処理として何等不都合なく、実用新案権の侵害などとは夢想だにせず、況んや実用新案権に対する加害の意思は毛頭なく、自己の行為は当然正当なるものとしてこれを確信して実行したのである。被告人に犯意があれば従来の一手販売の特約店である服部勤成堂にこれを販売するが如き愚は決して為さないのである。服部勤成堂に販売すれば直ちに日本高度紙株式会社に知れるのであつて、此の事実より見ても被告人はどこまでも善意の行動を堂々公然行つたのであり、犯意の成立を阻却する。即ち罪となるべき事実の認識を欠くものにして、正に刑法第三十八条第一項の適用を見るべき案件である。日本高度紙株式会社の現在の重役も被告人の善意は知悉し乍ら民事上の訴訟の前提としてこれを有利に導かんが為に、本件告訴がなされたものと推測する節があり裁判所の御賢明なる御推認を願う次第である。被告人の善意に過失があつてもこれは民事上の損害賠償責任として処理さるべきであり、刑事責任を負うべきでない。
第六点尚本件紙袋を類似品と認むべきや否やに関する被告人の見解及び三和工業株式会社解体に際し其の残務処理として被告人が本件紙袋の製造販売をなした事情の詳細に関して、被告人が原審裁判所に提出し一件記録に添付してある被告人の上申書を本控訴趣意書に援用する。
以上の次第にして何れの面より見ても本件は断じて無罪の御判定を受くべき案件であると確信するので、公明なる裁判所の御判定を歎願する次第である。